2.イギリス

  イギリス政府は、公的な貧困基準(低所得基準)を設定しており、その定義は住宅費前・後の等価可処分世帯所得の中央値の60%未満です。これは「相対的低所得指標 (Relative low-income indicator)」とも呼ばれ、労働年金省 (Department of Work and Pensions)によって毎年「平均所得未満の世帯 (Households Below Average Incom : HBAI)」という貧困世帯の状況に特化した報告書が刊行されています。

 

  イギリスは欧州連合(EU)の加盟国として、EUの定める貧困・社会的排除指標(格差指標も含む)を含む社会統計の測定が義務づけられています。EUの削減目標である「貧困または社会的排除(EU定義)」にある人数は、統計局 (Office of National Statistics)」がEU-SILCを用いて計算・公表しています。

 

 また、2010年に策定され「子ども貧困法 (Child Poverty Act 2010)」は2020年までに子どもの貧困を撲滅することを政府に義務づけており、現在は、相対的貧困率、固定貧困線による貧困率、相対的貧困と剥奪指標を合わせた合体指標、の3つの削減目標値が定められています。

 イギリスは、剥奪アプローチによる貧困の測定の発祥の地でもあり、EU-SILC以外にも、さまざまな公的統計にて剥奪指標に用いることができる変数が収集されています。主な統計は、労働年金省が毎年行っている「家庭資源調査 (Family Resource Survey)」で、上記の子どもの剥奪指標を始め、さまざまな属性の剥奪指標が公表されています。

   新しい貧困統計の動きである「一時点から多時点へ」、「個人(または世帯)ベースの指標から空間(地区・地域)ベースの指標へ」の二つを公的統計で実現している国でもあります。

 「多時点」の貧困指標としては、パネル調査を用いた貧困の動態に関する統計を労働年金局が公表し、「空間(地区・地域)ベースの指標としては、小規模地域を単位とする剥奪指標を、コミュニティと地方政府省が開発し、その値を公表しています。この指標は地域レベルの予算配分などにも参照されています。

1) 金銭的な貧困基準

 公式貧困基準は、所得による相対的貧困率 (貧困率は中央値の60%) であり、これを「At-risk-of-poverty rate (貧困リスク率)」と呼んでいます。

 ・「平均所得未満の世帯 (Households Below Anerage Income : HBAI)」毎年発表

   貧困リスク率には、所得定義に住居費を含めたBHC (before housing coasts) と住居費を除いたAHC (after housing costs) の2つを用いる。

 ・「イギリス世帯パネル調査 (BHPS)」

   長期に世帯をフォローして実施。低所得世帯の動態分析を行い、定期的に公表している。

2) 非金銭的指標(剥奪指標等)

 <1> Family Resources Survey(家庭資源調査)の剥奪指標

  イギリスは、剥奪指標(deprivation index)の発祥の地でもあり、長い歴史があるイギリスにおいては様々な剥奪に関するデータが政府によって収集されています。

 ・Family Resources Survey(家庭資源調査)の剥奪指標

      Family Resources Survey(家庭資源調査)は、労働年金省が毎年実施している調査,   イギリスにおける剥奪指標の最大のデータソース。

     所得の源泉、貯蓄、年金、障がい、政府からの移転、剥奪(deprivation)、など様々な世帯 の金銭的な情報を収集し、生活水準を測るデータ

  として最も用いられています。

   剥奪以外にも負債、家賃の滞納、生活意識、貯蓄の状況など、多岐にわたる生活の困窮の度合いを調査しています。

     剥奪の調査項目は、貧困と社会的排除調査(PSE調査)」を実施したブリストル大学の チームによって選定されています。本調査を用いて、

  イギリス政府は剥奪指標を公表しています。

ダウンロード
Family Resources Survey(世帯資源調査)の貧困・剥奪指標に用いられる調査項目
イギリスFamily Resources Survey.pdf
PDFファイル 112.3 KB

 

   <2> EU-SILC調査を用いた「貧困・社会的排除率」

  EU加盟国として、イギリスもEU-SILC調査に参加しており、その調査結果を用いた「貧困・社会的排除」にある人の割合等の統計データが統計局から発表されています。

 

   <3> 地区レベルの剥奪指標

   「個人・世帯」単位の剥奪指標を計測することを目的とし、最終的なアウトプットとして「国民の何%が剥奪状況にあるのか」というデータを取ることを目標とたものではなく、 最終集計の単位を「地区」として、地区間の状況の格差を測ることを目的とする剥奪指標も存在しています。イギリス政府は、この開発に非常に熱心であり、「剥奪」とインター ネットで検索をかけるとまず出てくるのがこのような地区単位の剥奪指標です。

     開発を手がけているのは、コミュニティと地方政府省(artment for Communities and  Local Government)です。地区単位のデータは、個人や世帯を対象とした社会調査の結を地区単位に集計し直すことでも収集できますが。もう一つのデータソースとして、地区単位の行政データ(例えば、社会保障給付の受給者数など)を用いることができます。

   地区内の格差については見ることができませんが、政策の対象として、地区単位のサービスやインフラ整備を考える場合には、地区間の剥奪の格差が浮き彫りとなるこの方法は有益です。

    ・「重複剥奪指標 (Index of Multiple Deprivation)」

   2000年に開発された。イギリス全土の8414地区(ward)単位にて、その地区の剥奪の度合いを指標化しようとした試み。行政データや大規模なミクロ調査から集計された地区単位のデータです。7つの領域は、所得、就労、健康、教育、住宅、アクセス、子どもの貧困です。

ダウンロード
重複剥奪指標 (Index of Multiple Deprivation) 2010
イギリス地区単位の剥奪指標.pdf
PDFファイル 160.4 KB

3) MWI指標

 近年、イギリス政府が力を入れているのがOECDの「より良い暮らし指標(Better Life Index)」や、内閣府社会経済研究所の幸福度指標のように、複数の分野(領域)の指標を並列して社会全体のウェル・ビーイングを概観する指標の開発です。 2010年に、イギリス統計局(Office of National Statistics)は、「ナショナル・ウェルビーイングの測定プログラム(Measuring National Well-being)」を設置し、イギリス社会のウェル・ビーイングをモニタリングする指標の開発に乗り出しました。

 まず行われたのは、一般市民を巻き込んだ6ヶ月にわたる「何が重要か(What matters?)」と題するパブリック・ディベートです。このプロセスには 175のイベント、2,750人の参加者、34,000に渡る質問への回答(インターネット回答も含む)を伴う膨大な労力が注ぎ込まれました。その結果、下記に示される10の分野(領域)と40の重要指標が選択されました。また、重要指標をサポートするサブ指標についても、検討が進められています。 

                           イギリスのNational Well-Being指標

個人のウェル・ビーイング
    生活満足度で「髙」または「中」とした個人(16歳以上)の割合

    自分の存在価値について「髙」または「中」とした個人(16歳以上)の割合

    昨日の自分の幸福度を「髙」または「中」とした個人(16歳以上)の割合

    昨日の不安感を「中」または「低」とした個人(16歳以上)の割合

私たちの関係

    家族との生活の満足度(1~10のスケール)の平均値

     社交関係について「満足」「概ね満足」「やや満足」の人の割合

    クライシスの時に本当に頼れる人をもつ人の割合

健康

    健康寿命(男女別)

    長期の疾病または障害があるとした人の割合

    自分の健康状態に「やや満足」「満足」とした人の割合

    精神疾患や心身症の兆候がある人の割合

私たちがしていること

    失業率

    仕事に「満足」「やや満足」とした人の割合

    余暇時間について「満足」「やや満足」とした人の割合

    過去1年間にボランティア活動をした人の割合

私たちが住んでいるところ

  対人の犯罪被害率

  一人で夜道を歩くのが「安全」「ほぼ安全」と感じている人の割合

  少なくとも1週間に1回は緑地へ行っている人の割合

  地域のコミュニティの一員であると感じている人の割合

個人の家計

  貧困率(中央値の60%、AHC)

  1世帯あたりの資産(年金も含む)

  世帯所得に「満足」「ほぼ満足」している人の割合

  金銭的に生活が苦しいとした人の割合

教育とスキル

  人的資本(労働市場における価値)

    英語と数学を含む成績で5つ以上の(A+ーC)

    なにも資格がない16歳以上の人の割合

経済

  一人あたりの世帯所得

  ネット国民所得

  ネット公的負債(%GDP)

  インフレ率

ガバナンス

  投票率

  国会を「信頼している」とした人の割合

  政府を「信頼している」とした人の割合

環境

  総グリーンハウス・ガス排出量

   大気汚染

  環境保護・保全地域の割合

  再生可能エネルギーの割合

  出所: Office of National Statistics (ONS)、HP
 
 

4) 子どもの貧困法 (Child Poverty Act 2010)

イギリスの貧困政策において最も力を注がれているのが、子どもの貧困に対する政策です。1999年に当時のブレア首相 (労働党) が2020年までに子どもの貧困を撲滅させると宣言したことは有名です。労働党政権の公約は、中間ターゲットとして、2004-5年度に子どもの貧困率を1998-99年度の率より4分の1削減すること、また、最終ターゲットとして、2010-11年度に98-99年の率の半分まで削減することでした。最初の2004-5年のターゲットに用いられたのは、所得データによる相対的貧困率 (貧困線は中央値の60%) で,このターゲットはわずかの差で達成されませんでしたが、貧困率はこの間大きく減少しました。2010-11年のターゲットは、以下の3つの指標をもってモニタリングされていました (Brewer, Browne, Joyce and Sibieta 2010)。

 

 ・ 相対的貧困率:等価世帯所得の中央値の60%未満の世帯所得に属する子どもの割合、貧困線は中央値の60%、AHC (所得の定義に住居費を含む)。

・固定された貧困線による相対的貧困率:絶対的貧困率と呼ばれている。

・相対的貧困率と物質的剥奪指標を合わせた指標:貧困線は中央値の70%、BHC (所得の定義に住居費を含めたもの)、剥奪は家庭資源調査より。

 

2010年5月に政権交代した後も、保守党は前政権の公約を尊重し、子どもの貧困に関する専門委員会(Child Poverty Commission)を立ち上げ、2010年には「子どもの貧困法(Child Poverty Act 2010)」が成立しました。また、2011年にはCoalition政権による子どもに貧困に対する新戦略が発表されました (DWP & DfE 2011)。子どもの貧困法によって、政府は、子どもの貧困率 (イギリス定義による、以下参照) を2020-21年度までに「撲滅」させることを公約しています。

子どもの貧困法による2020年度までのターゲットは、上記の2010-11年度の3つの指標の他に、「持続的貧困 (persistent poverty)」が加えられています。持続的貧困とは、継続した4年間のうち3年間、相対的貧困である状況を指します。公約は、2020年度までの子どもの貧困の「撲滅」で、政府は、これを、相対的貧困率を10%、絶対的貧困を5%、相対的貧困と物質的剥奪を合わせた指標を5%までの削減と解釈しています (持続的貧困の数値目標値は設定されていない)。この理由は、統計データにおいては、所得の推計が低めになりがちで (データソースとして使われている家庭資源調査 (FRS) においても、常に公的給付等のデータに捕捉漏れがあると言われている)、現実的なターゲットとしてはこれらが適当であるということです (Brewer, Browne, Joyce and Sibieta 2010)。

 

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