4.ニュージーランド

  ニュージーランドは、アイルランド、イギリス、欧州連合などと共に、非金銭的な貧困・格差指標の開発に力を入れている国の一つです。特に、社会開発省が1999年から携わっている生活水準研究 (Living Standard Research) は、剥奪指標 (Deprivation Scale) を、生活水準の低い層の測定だけではなく、生活水準の高い層の測定までも含めた包括的な指標として発達させ、その点で他国の動向よりも一歩先をいった指標が開発されています。これらの指標を測定するための元データは、統計局や社会開発省など公的機関の基幹統計に組み込まれています。

  ニュージーランドでは、公式な「貧困」の定義は設定していません(Perry 2012:87)。けれど、2002年に発表された『子どものための課題(Agenda for Chidren)』の中で、政府は子どもの貧困を撲滅することを宣言し、また、閣議決定される重要公的統計リスト (「Tier 1 統計」と呼ばれている) には、所得分布および生活困難の分野が含まれ、貧困をモニタリングすることに関して 政府としてコミットしています。

 ニュージーランドの貧困の概念は、「資源(resource)」と「結果(output) 」 の両方に着目するものです。「資源」とは、生活水準を保つために投入されるインプットを指し、それを測る代表的な指標は所得です。「結果」は、実際に享受されている生活水準を指し、その測定には「剥奪アプローチ」などのより直接的に生活水準を測る指標が望ましいとされています。そのため、所得ベースの指標と剥奪アプローチを発展させた非金銭的な生活水準の指標を同時に把握することが提案されています (perry 2012: 90)。

 

1) 重要公的統計 「Tier 1 統計 (Statistics)」

   ニュージーランドでは、政府が収集するべき統計データがリスト化されいて、これらを重要公的統計「Tier 1 統計 (Statistics)」 と呼んでいます。

   「Tier 1 統計」 のリストは、各省庁との協議のもと、統計局 (Statistics New Zealand)が提案し、閣議決定によって承認されます。この中には、既に収集している統計データも含まれますが、まだ整備されていないこれから収集すべき、と判断された統計データも含まれています。

   「Tier 1 統計」 は、政策立案や運営のために欠かせないとされた情報で、一般市民が高い関心を持っている統計です。「Tier 1 統計」として登録される条件は、統計的に信頼性が高いこと、長期に統計をとっていくべきものであること、国際比較が可能であること、国際機関などからの要請に答えらるものであるもの、などが挙げられています (Statistics NZ, 2012)。

   現時点における 「Tier 1 統計」には、「経済」から「環境」「文化」といったものまで幅広い分野の統計が挙げられていますが、その中から格差・貧困に関するものは、以下に挙げられます。

 

         ニュージーランドの 「Tier 1 統計」 (格差・貧困に関するもの)                                       

分野

「Tier 1 統計」

世帯生活水準

個人所得、世帯所得(市場所得、可処分所得)の分布(10分位) 

所得再分配 

世帯の再分配後所得

所得動態

所得のダイナミックス

消費

世帯消費 

生活困難 

主観的生活感

公的扶助

試算

個人および世帯資産 

社会ネットワーク


 

家族や友人との交流の状況

帰属意識(Sense of belonging)

親族との関係 (Whānau Connectedness)

社会参加 

グループや団体へのメンバーシップ率

ボランティア活動

社会信用 

他者への信頼感

機関に対する信頼感

コミュニティ

社会サポートへのアクセス

出所:Statistics NZ (2012)

 

 「Tier 1 統計」の検定は毎年行われ、常にアップデートされています。これより長期的な視点に立って公的統計の方向性を定めるのが、公的統計レビューです。ニュージーランド統計法第7条は、公的統計に関するレビューを定期的に行うことを政府に義務づけており、政府統計局 (Statistics NZ) がこの責務を担い、全省庁にまたがる統計の見直し作業が行われています。

 

 社会統計では12分野が設定され、それぞれの分野ごとにレビューが行われています。

 例えば、「経済的生活水準に関する報告書2011 (Review of Economic Standard of Living Statistics 2011)」 は2011年に行われ、このレビューでは、財務省、Reserve Bank of New Zealand、社会開発省、労働省、年金コミッション等の専門家らによるアドバイザリー・グループがこの作業を行いました。2011年報告書は、トピック1 (賃金と給与) からトピック6 (所得と資産のダイナミックス) まで6つのセクションが設けられています。

  「経済的生活水準の統計に関する報告書2011でカバーされた統計分野」 

   トピック1 賃金と給与

   トピック2 所得
   トピック3   試算
   トピック4   消費
   トピック5   経済的困難/剥奪/貧困
   トピック6 所得と資産のダイナミックス

 この報告書はデータの収集についてのレビューであって、収集されたデータの具体的な活用方法ついては検討されていないため、どのような貧困・格差指標を作成するべきかについての直接的な言及はありません。

 

2) 社会開発省 (Ministry of Social Development) における貧困・格差指標

ニュージーランド政府において生活水準、貧困、格差などの統計を管轄しているのは、社会開発省 (Ministry of Social Development) です。社会開発省は、「社会報告書 (Social Reports) と「ニュージーランドの世帯所得」と題する2つの報告書で、貧困・格差に関する統計データを定期的に公表しています。 

<1> 社会開発省「社会報告書 (Social Report)」

「社会報告書 (Social Report) 」 は、ニュージーランド国民のウェル・ビーイングを多分野のデータを駆使して解説する報告書です。報告書は毎年発表されてきましたが、政治的な理由から、2010年版が最終版となっています。

 

2010年版社会報告書では、1.健康、2.知識とスキル、3.就労、4.生活満足度、5.経済的生活水準、6.市民・政治活動、7.文化的アイデンティティ、8.レジャー、9.安全、10.社会的コネクション、の10分野の統計を網羅しています。各分野は、それぞれ1から6のデータから成り、これらを並列に列挙しています。異なるデータを集約して一つの指標をすることはしていません。データの出所は、統計局「世帯経済調査 (HES)」、社会開発省「生活水準調査 (LSS)」のほかにも、「生活の質調査 (Quality of Life Survey)」、「ニュージーランド総合社会調査 (GSS)」、「青少年調査 (Youth 2007)」等、多岐にわたっています。

経済的生活水準の分野には、1人あたり可処分所得、所得格差 (P20/P80)、貧困率 (固定貧困線)、住宅費が可処分所得の30%以上の人の割合、住宅が狭い人の割合が挙げられています。過去の「社会報告書」には、社会開発省が開発した非金銭的生活水準指標 (ELSI) が含まれていましたが、2005-06年からは、政治的な理由で削除されています。

「社会報告書」では、貧困線を時系列的に固定して貧困率を計算する手法を用いています (貧困線)。2010年版報告書では、2007年が基準であり、2007年の相対的貧困線 (2007年の等価世帯所得 [住宅費を除く]の中央値の40%、50%、60%) をCPIで調整した値を各年の貧困線としています。

2010年以前の社会報告書は、1998年を基準年としています。 

 

<2>「ニュージーランドの世帯所得報告書」(Household Incomes In New Zealand)

ニュージーランドの世帯所得報告書」は、統計局の世帯所得調査 (Household Economic Survey (HES)) のデータを用いて計算された世帯所得、所得格差、貧困率などが記載されている報告書です。社会開発省の公式ではありませんが、職員により執筆されていて、社会開発省ホームページに掲載されています。

 2012年版報告書は、2010ー2011年の 世帯所得調査 (HES) のデータをもとに計算され、1982年から2011年の情報をカバーしています (Perry 2012)。

1982年からという長期の所得分布の動向を記載し、ニュージーランド国民の経済状態の時系列トレンドを示すものは 本書のみとなっています。また 毎年新しい HES のデータを追加してアップデートされています。  

 

3) 社会開発省による生活水準研究 (Living Standards Research)

  ニュージーランドにおける非金銭的な生活水準指標の開発は1999年に政府によって設置された年金制度についての諮問機関である「スーパー2000タスクフォース (Super 2000Taskforce)」が、高齢者の生活水準についての包括的調査および指標作成を指示したことに始まります。その一環として、1999-2000年にかけて、高齢者、高齢マオリ、勤労世代の3つの調査が実施された。これらをまとめて、「ニュージーランド生活水準2000年調査(New Zealand Living Standards Survey 2000)と呼ばれている。

その後の変遷については、下記表を参照ください。

 

  ニュージーランドにおける非金銭的指標の歴史の開発                                            

1999

Super 2000 Taskforceが高齢者の生活水準を測るための包括的調査を指示。 

2000 

高齢者、高齢マオリ、勤労世代の3つの調査を実施(これらをまとめてNew Zealand Living  Standards 2000調査)

2001


 

所有物の制約、社会参加制約、economising行動、深刻な金銭問題、主観的貧困の指標を1つに統合した指標を開発 Material Well-being Scale (MWS(高齢者のみ) 

2002

New Zealand Economic Living Standard Index (ELSI) 指標の開発・公表

2004


 

New Zealand Living Standards 2004 調査を実施。現在の生活水準のみならず、生活水準を決定するライフヒストリー、健康、保育ケアへのアクセスなども調査

2005 

ELSIShort Form (ELSI-SF) を開発

2006 

Household Economic Survey (HES) 2006-7年より、ELSI-SF を含めた項目を調査

2007

ELSIを時系列分析に改良したFRILS指標の開発(実験的)

2008 

New Zealand Living Standards 2008、2004年調査より短く、物質的ウェル・ビーイングと生活困難、それらの国際比較に焦点

2009 

Living Standard Survey2008 (LSS 2008) を用いた報告書の発表(ELSI ほか)

2012  

Material Well-being Index (MWI) の開発 (ELSIの改定版)

2012 

HES 2012-13 り、MWI 24項目+5新規項目が調査票に加えられ、ELSI-SFの使用は廃止となった

  

     

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