3) 今後

<1> 統計公表の適時性

 EU-SILCの枠組規制(REGULATION (EC) No 1177/2003)によると、加盟各国は調査年の翌年の11月末までにクロスセクションの個票データを、翌々年の3月末までにパネル調査の個票データを欧州統計局に送信し、7月末までにクロスセクションの結果を公表することになっています。しかし、金融危機などの経済社会状況の変化が起きている際に 貧困・社会的排除状況がどうなっているかがすぐに分からないことに批判があります。これはどんな統計データでも起きる問題ですが、どのようにして適切な時にデータを公表していけるか (適時性) が問われています。

 また適時性とも絡んで、大きな危機が起きた時に世帯がどのように対応しているかを知ることも重要になっていますが、現在の欧州の統計体制の中ではそのような情報が取れていません。欧州統計庁の担当者は、労働力調査を活用して、消費支出を抑制、他の世帯員の新たな労働参加など、世帯毎の対応方法を調査することの重要性を指摘しています。

 貧困継続率に加えて貧困リスク退出率・新該当率がEU-SILCのパネルデータを使って欧州委員会 (DGEMPL) から発表されるなど、貧困が長期的に継続するリスクに対する関心も高まっています。

 

<2> 物質的剥奪指標の見直し

 つぎに現在の物質的剥奪指標の定義の問題があります。欧州理事会は2015年の中間評価の際に貧困・社会排除指標の3指標の見直しを行うことを決定しています。特に、新たに子ども向けの指標を作成することを含めて、物質的剥奪指標については改良に向けた作業を行うべきと指摘しています。そこで、欧州統計庁からワーキングペーパーの形で2012年に検証結果と提言が公表されています。

 具体的には、EU-SILCの2009年調査に盛り込まれた物質的剥奪に関するアドホック調査で調査した50項目を 1.適切性(違う国でも生活水準の維持のために必要なものか)、2.有効性(物質的剥奪との相関)、3.信頼性(尺度の内性整合性)、4.付加性(多群比較)の4つから評価しています。

 まず全体値としては、従来のタンパク質摂取、資金、1週間の休暇、家賃などの滞納、十分な暖、自家用車に加えて、新たに7項目を追加した13項目が提案されています (下記表:全体)。また、1〜15歳の子ども向け指標として従来項目の3項目(家賃などの滞納、十分な暖、自家用車)に新たに15項目を加えた18項目が提案されています(下記表:子ども)。

 

             物質的略奪指数の改定案 (全体)

項目案

対象

新規項目

古着の新着の衣服への買い替え(セカンド品は含まず)

成人

ぴったりの寸法の靴二足(一足は全天候型)

他人に相談することなく、毎週、自分のために小額使う

定期的にレジャー活動を行う

月に一度は友達や家族と食事や飲みに行く

古くなった家具の買い替え

世帯

2日おきに肉・魚を食べる

 

予期しなかった出費

 

年1回1週間、家を離れて休暇を取る

 

住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納

 

コンピュータ保有と家での自分用のインターネット接続

家で十分な暖を取る

 

自家用車

 

   

             物質的略奪指数の改定案 (子ども)

項目案

対象

新規項目

新着の衣服(セカンド品を除く)

子ども

ぴったりの寸法の靴二足

野菜・果物を1日1回を食べる

肉・魚を1日1回を食べる

年齢に相応しい書籍

外でのレジャー用具

屋内ゲーム

勉強や宿題をするのに相応しいハズ所

定期的なレジャー活動

特別なときのお祝い

時々子どもを遊びや食事のために家に呼ぶ

お金がかかる学校の遠足や行事に参加する

1年に最低1週間、家を離れて休暇を過ごす

古くなった家具の買い替え

世帯

住宅ローン、家賃、公共料金、分割払いの滞納

 

コンピュータ保有と家での自分用のインターネット接続

家で十分な暖を取る

 

自家用車

 

 

 今後、EU-SILCの2013年調査には 上述の、全体値として新たに提案された7項目 を自主的に参加する国だけでパイロットテストをし、更に2014年調査ではアドホック調査として全加盟国で包括的な検証を行うことになっています。その結果を踏まえて物質的剥奪指標の妥当性についてしばらく議論が続くことになるでしょう。

<3> プロジェクト:GDP (GDP and beyond) を超えて

 欧州委員会では貧困・格差指標とは別にGDPの指標としての限界を踏まえ、人々の懸念事項や政策を反映した指標の改善を目的とした統計・測定方法の見直しを「GDPを越えて (GDP and beyond)」というプロジェクトのもと行っています。

 

 具体的には2009年8月に「GDPを越えて:変わりゆく世界の進歩の計測」という題名の委員会報告 (COM(2009)433) を公表し、次の5つの短中期行動計画を掲げました。

 行動1:GDPを補完する環境面、社会面の指標の開発 (環境包括指標、生活の質・幸福度) 

 行動2:政策決定のための即時性のある情報の提供 

 行動3:分配・不平等のより正確な報告 

 行動4:持続可能な開発成績表の開発 

 行動5:国民所得勘定の環境、社会的問題への拡張

 

 特に行動1の生活の質・幸福度には所得、社会的交流が領域として含まれる上、行動3の分配・不平等のより正確な報告の趣旨には社会的排除の様々な側面をみることが含まれ、貧困・格差と大きく関連しています。

 「ESSC 2011 生活の質・幸福度指標 (試案)」は、欧州統計制度を開発、普及させることを目的に設置されている欧州統計局と各国統計局代表で構成される欧州統計制度委員会が、行動1の取りまとめとして承認した報告 (ESSC, 2011) において提案された指標群です。指標群には上記でみてきた欧州2020戦略の3指標やラーケン指標の一部も含まれますが、さらに詳細はこれから検討されると想定されるものの、欧州生活の質調査 (EQLS)を使った社会的排除主観指標、EU-SILCを使った関係性の質統合指標、接触頻度統合指標など興味深い指標が提案されています。生活の質・幸福度という切り口で、今後、欧州統計局が毎年、新指標に基づき簡潔な状況報告を行うこと (行動計画7)、5年おきに詳細な報告書を公表すること (行動計画8) が指摘されており、貧困・格差指標の指標化の動きの一つとして引き続き本取組みをフォローしていくことが必要です。

 

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ESSC 2011 生活の質・幸福度指標 (試案).pdf
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