3.「貧困」を多面的に把握しようとする試み ー日本と国際機関

1) 二つのアプローチ

国際的には 貧困の指標は、以下の二つのアプローチに集約されます。

 

<1>「剥奪アプローチ」を用いた「剥奪指標」を所得データによる貧困率と併用。

   (両者に該当する人を貧困と定義する、どちらかに該当した人を貧困と定義する等.)

 

          タウンゼンドから始まる「貧困」を社会科学的に測定しようという貧困研究に基づくアプ ローチで、貧困削減の数値目標として用いられています。         

     ●EU全体、ベルギー、チェコ、ギリシャ、スペイン、イタリア、キプロス、ラトヴィア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、オーストリア、

               ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキア、フィンランド:

                               相対所得による貧困または社会的排除(剥奪)の状況にある人を貧困と定義

    ●アイルランド:  一貫性貧困Consistent 貧困=相対所得による貧困および剥奪の状況にある人と定義。

    ●イギリス:    「子どもの貧困」定義

    ●フランス:    生活状態の剥奪指標

    ●ニュージーランド:剥奪(ELSI-MWI)指標

    ●OECD :     物質的剥奪指標(Material Deprivation)

 

  <2>健康、教育や主観的貧困などのマクロ指標を並立する、または、それらを集約した複合指標を作成。

 

        社会の発展そのものを、GDPと言った金銭的指標からより幅広い概念を含めたものに定義し直そうという試みで、健康、教育、社会参加の度合い、

    社会的孤立など、社会的排除の概念を含めたより幅広い「生活の質」を測ることを目的としています。

        この指標の用途は、社会のモニタリングで、そのためには様々な分野の指標を含めることが必要です。

            ●EU ラーケン(社会的排除)指標    

    ●国連人間開発指標 (HDI)>国連多次元的貧困指標 (MPI)

    ●イギリス国民ウェル・ビーイング (WNW)

    ●OECDより良い暮らし指標 (Better Life Index)

    ●OECD(子どもに関する報告書)

    ●ユニセフ(子どものウェル・ビーイング指標)     

    ●スウェーデン、アメリカ (子どものウェル・ビーイング指標) 

 

2) 日本における剥奪アプローチによる貧困測定とその課題

 日本では、剥奪アプローチを用いて剥奪指標を作成した公的調査はありませんが、学術的にはいくつかの研究が手掛けています(阿部2006、阿部2011等)。

公的調査では、一部剥奪アプローチを取り入れた調査を行っています。厚生労働省社会・援護局による「社会生活に関する調査」(2001年)、国立社会保障・人口問題研究所による2007年の「社会保障実態調査」2012年の「生活と支え合いに関する調査」内閣官房社会的包摂室による「絆と社会サービス調査」(2013年)等です。

 

 剥奪アプローチの第一の問題は、どのような項目を調査に含めるかということです。厳密に剥奪アプローチを行うためには、「何がその社会において必要と人々に認識されているか」を問う必需品調査 (事前調査)とその中に何らかの項目の欠如があったとき、それが本人の選好なのか強制的な欠如なのかを区別する調査票、というような2段階の調査設計をもった独自の調査が必要です。

 

 例えば、EUのSILCは、剥奪項目を選択するための必需品調査を行い、そこで選ばれた項目がEU-SILCの本調査で調査されています。そこで、第1段階の必需品調査を省略し、既存の研究者らによる調査の結果や、EU-SILCの調査項目をそのまま用いるなどの方法も考えられます。

 

 どのような項目を選んだにしても、結果の統計的検定は不可欠です。剥奪アプローチを完成させたイギリスの貧困研究の権威であり、イギリスの「Poverty and Social Exclusion Survey」の責任者であるブリストル大学デービッド・ゴードン氏は、剥奪の結果を統計的に妥当であるかどうかを測る手法を開発しており、これに則った検定は必要で、その中で妥当とされたものだけを剥奪指標に用いることが必要です。

 

 剥奪と所得による貧困 (低所得) の重なり、またはそのいずれかを貧困と定義する手法をとる場合は、所得と剥奪のデータの両方を把握することができる調査が必要です。また、日本の貧困が、特定の少数世帯に集中していること (例えば、母子世帯や、単身若年世帯、単身高齢世帯) を考えると、属性別の「剥奪―貧困」率を算出するためには、これらの少数世帯も十分な世帯数が確認できる大規模な調査が必要となります。

 

3) 新たな分野の貧困測定とその課題

 前出<2>のアプローチでは、理論的には新しい調査を実施しなくても、既存の統計データを駆使してさまざまな指標を集めることができるはずです。

日本でも平均的な数値は、多くの分野で詳しい統計データがとられていますが、その分布の底辺層の統計データが少ないのが現状です。例えば、一人あたり国民医療費ではなく、医療サービスを受けることができなかった人の割合や、平均教育年数ではなく、低学歴 (中卒・高校中退) 率といった指標です。

 

 どのような指標を選択するにせよ、重要なのは、その選択のプロセスです。どのような指標を含めるかによって、まったく異なる「日本社会の像」が描かれる危険性があり、その選択プロセスは、透明で国民的意見を反映させるようなプロセスが必要です。イギリスのマーケットバスケット方式に、一般市民の意見を取り入れる MIS法 (Minimum Income Standard) が導入されてきたように、専門家や政治家、行政だけではなく、一般市民の声を反映させる工夫も必要でしょう。

 

 近年になって、以下のように、部分的ですが新しい「貧困の側面」を測る公的統計も出始めてきています。これらの統計データは、その調査方法や調査対象者を吟味する必要があり、また、それが日本社会の貧困を的確に表しているかを慎重に検討しなければなりませんが、これからの貧困指標を考える際に、どのようなデータの統計的妥当性が高く、どのようなデータは低いのかといった検討をするためにも貴重な材料となっています。

  

「貧困の側面」を測る公的統計

 ①物質的な生活困難

国立社会保障・人口問題研究所「社会保障実態調査」(2007年)

国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査(第2回社会保障実態調査)」(2012年)

   ● 食料や衣服の不足(過去1年間)

   ● 家賃の滞納(過去1年間)

   ● ライフライン(ガス、電気、電話料金の滞納経験)(過去1年間)

   ● 債務の支払いの滞納経験(過去1年間)

   ● 医療サービスの受診抑制

内閣官房社会的包摂室「絆と社会サービス調査」(2013年)

   ● 物質的剥奪(テレビ、洗濯機、電話等)

   ● 家計(赤字、貯蓄等)

   ● ライフライン(ガス、電気、電話料金の滞納経験)(過去1年間)

         ※ 部分的にEU-SILCを使った剥奪指標と比較可能のように設計

内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

   ● 食料や衣服の不足(過去1年間)

   ● 物質的剥奪(旅行、住宅設備(トイレ等)等)

厚生労働省社会・援護局「社会生活に関する調査」(2001年)

   ● 衣服の購入頻度

   ● 住居の不備

   ● コミュニケーションの頻度

   ● 旅行や社会参加の状況

   ● 必需品の欠如

  

②社会的孤立

内閣官房社会的包摂室「絆と社会サービス調査」(2013年)

   ● 人のコミュニケーションの頻度(社会的孤立の状況)(会話、インターネット等)

   ● 社会参加(自治会・町内会、労働組合、趣味の会等)

   ● 社会サポート(病気の時の看病など頼れる人、自分が支援する人)

   ● 子ども期の逆境経験(両親の離婚、生保受給、児童虐待、学校の友人関係等)

   ● 職場でのパワハラ等の問題の有無

内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

   ● 人のコミュニケーションの頻度(社会的孤立の状況)(会話、電話等)

国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合い調査」(2012年)

   ● 人のコミュニケーションの頻度(社会的孤立の状況)

   ● 社会参加(自治会・町内会、労働組合、趣味の会等)

   ● 社会サポート(病気の時の看病など頼れる人、自分が支援する人)

 

4) 主観的指標とその課題

 主観的指標を、公的な貧困統計の一部として取り入れる動きは、ブータンの国民総幸福量指標などへの関心の高さなども影響して、加速化しています。特に、上で記した二つのアプローチのうちの<2>の「マクロ指標の並立」によるアプローチは、主観的な指標を多く取り入れる傾向があります。

 主観的貧困 (幸福度も含め) 指標の一つの大きな課題が時系列の比較です。人々の選好や期待 (expectation) は時と共に変化するため、同じ生活水準であっても、それが期待されている時とそうでない時ではその主観的評価は異なます。例えば、生活水準が上昇している中での、ある生活水準の達成と、生活水準が下降している中での同じ生活水準の達成は、人々に異なって受け止められます。そのため、主観的貧困指標を、時系列で政策目標やモニタリングする指標として用いるには留意が必要です。

 日本でも、以下のように 主観的指標は古くから統計がとられています (厚生労働省「国民生活基礎調査」における「生活意識」、内閣府「国民生活選好度調査」による「幸福感」等)。

    

公的機関による主観的指標:

内閣府経済研究所「幸福度調査」

  ● 主観的幸福度

内閣府「国民生活選好度調査」

  ● 幸福感

厚生労働省「国民生活基礎調査」

   ● 生活意識(「生活の状況」)

   ● 主観的健康感

国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合い調査」(2012年)

   ● 主観的健康感

   ● 主観的評価(生活水準、暮らし向き)

 

 

 

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