3.「貧困」を多面的に把握しようとする試み

1) 二つのアプローチ

国際的には 貧困の指標は、以下の二つのアプローチに集約されます。

 

<1>「剥奪アプローチ」を用いた「剥奪指標」を所得データによる貧困率と併用。

   (両者に該当する人を貧困と定義する、どちらかに該当した人を貧困と定義する等.)

           タウンゼンドから始まる「貧困」を社会科学的に測定しようという貧困研究に基づくアプローチ.。

     貧困削減の数値目標として用いられることが多い。
     実際に貧困削減の数値目標を設定しているのは、EU. EUと同じ定義を自国の数値目標に用いているEU加盟国17か国、

     イギリス、アイルランド、フランス、ニュージーランド、OECD物質的剥奪指標など。         

      

 <2>「マクロ指標を並立」、健康、教育や主観的貧困などのマクロ指標を並立、または集約した複合指標を作成。

          底辺層のみならず社会全体の生活の「質」を測ろうという「幸福度指標」に基ずくアプローチ。

    社会の発展そのものを、GDPと言った金銭的指標からより幅広い概念を含めたものに定義し直そうという試み.

    健康、教育、社会参加の度合い、 社会的孤立など、社会的排除の概念を含めたより幅広い「生活の質」を測ることが

    目的。

          EU ラーケン(社会的排除)指標国連人間開発指標 (HDI)>国連多次元的貧困指標 (MPI)イギリス国民ウェル・

    ビーイング (WNW)、OECDより良い暮らし指標 (Better Life Index)、ユニセフ(子どものウェル・ビーイング指標)、     

    スウェーデン、アメリアなど。

 

2) 日本における貧困測定

 日本においては、<1>の剥奪アプローチを用いて剥奪指標を作成した公的調査はないものの、学術的には、いくつかの研究が手掛けています。(阿部2006、阿部2011等)

 公的調査においては、厚生労働省社会・援護局による「社会生活に関する調査」(2001)、国立社会保障・人口問題研究所による2007年「社会保障実態調査」、2012年、2017年「生活と支え合いに関する調査」、内閣官房社会的包摂室による「絆と社会サービス調査」(2013年)等があります。

 <2>のアプローチにおいては、既存の統計データを駆使してさまぁまな指標を集めることができるはずです。しかしながら平均的な数値は、多くの分野で詳しい統計データがとられているものの、その分布の底辺層の統計データが少ないのが現状です。例えば、一人あたり国民医療費ではなく、医療サービスを受けることができなかった人の割合や、平均教育年数ではなく、低学歴 (中卒・高校中退) 率といった指標です。

 どのような指標を含めるかによって、まったく異なる「日本社会の像」が描かれる危険性があり、その選択プロセスは、透明で国民的意見を反映させるようなプロセスが必要です。 

 近年になって、以下のように、部分的ですが新しい「貧困の側面」を測る公的統計も出始めてきています。これらの統計データは、その調査方法や調査対象者を吟味する必要があり、また、それが日本社会の貧困を的確に表しているかを慎重に検討しなければなりませんが、これからの貧困指標を考える際に、どのようなデータの統計的妥当性が高く、どのようなデータは低いのかといった検討をするためにも貴重な材料となっています。

  

「貧困の側面」を測る公的統計

 ①物質的な生活困難

    国立社会保障・人口問題研究所「社会保障実態調査」(2007年)

    国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査(第2回社会保障実態調査)」(2012年)

    内閣官房社会的包摂室「「絆」と社会サービス調査」(2013年)

  内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

    厚生労働省社会・援護局「社会生活に関する調査」(2001年)  

②社会的孤立

   内閣官房社会的包摂室「「絆」と社会サービス調査」(2013年)

   内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

   国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」第1回(2012年)

    

 <2>の「マクロ指標の並立」によるアプローチにおいては、主観的な指標を多く取り入れる傾向があります。主観的指標を、公的な貧困統計の一部として取り入れる動きは、ブータンの国民総幸福量指標などへの関心の高さなども影響して、加速化しています。

 主観的貧困 (幸福度も含め) 指標の一つの大きな課題が時系列の比較です。人々の選好や期待 (expectation) は時と共に変化するため、同じ生活水準であっても、それが期待されている時とそうでない時ではその主観的評価は異なります。そのため、主観的貧困指標を、時系列で政策目標やモニタリングする指標として用いるには留意が必要です。

 日本でも、以下のように 主観的指標は古くから統計がとられています (厚生労働省「国民生活基礎調査」における「生活意識」、内閣府「国民生活選好度調査」による「幸福感」等)。

    

公的機関による主観的指標:

  ・内閣府経済社会総合研究所「幸福度に関する研究会

  ・内閣府「国民生活選好度調査

  ・厚生労働省「国民生活基礎調査

  国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」第1回(2012年)

  ・国立社会保障・人口問題研究所「生活と支えあいに関する調査」第2回(2017年)

  ・国立社会保障・人口問題研究所「生活と支えあいに関する調査」第3回2022年予定