2.剥奪(deprivation)アプローチ

 「剥奪(deprivation)アプローチ」とは、イギリスの社会科学者ピーター・タウンゼンドによって開発された個人(世帯)単位の社会調査をもとに人々の生活水準を測る計測方法です(Townsend 1979)。所得データが、その所得によって得ることができるであろう生活水準を表すのに対し、生活水準そのものを直接的に測定しようとするのが剥奪アプローチです。

 例えば、「13食、食べることができるか」「冷蔵庫を持っているか」「病気になった時に医療サービスを受けることができるか」など、実際の生活に必要なものやサービスをリストアップし、それらの欠損を調べることによって貧困の推計を行うことで、より貧困の実態に近い測定ができると考えられています。

 

 剥奪アプローチによる貧困の測定をするためには、独自の社会調査を設計・実施しなければなりません。生活の質を幅広く捉え、調査される項目・サービスは、その社会において意味あるものでなければならず、国や時代によっても異なるため、国際比較が難しいのです。

  けれども、EUにおける共通な調査票によるEU-SILC調査の実施や、ニュージーランドやアイルランドなどの国において政府による公的調査に剥奪が調査されるようになったことにより、剥奪アプローチによる貧困の測定は、国際的にも(所得による貧困指標と並ぶ)貧困指標の柱となってきています。

 剥奪アプローチは、「剥奪(deprivation)」、「相対的剥奪(Relative deprivation)」、「物質的剥奪(material deprivation)」(項目の中に、物質的なもののみを含む剥奪指標)など、いくつかのバリエーションがあります。

 

1) 剥奪 (deprivation)アプローチによる貧困の測定方法

 イギリスの社会科学者ピーター・タウンゼンドは、食事から、交友関係まで50余の項目をリストアップし、それらの充足を調べる社会調査を行ないました。そして、それらの項目が欠如している数を合計し、剝奪指標(deprivation index、剝奪スコアdeprivation scoreとも言う)を作成し、ある一定の剥奪スコア以上の人々を「相対的剥奪」の状態にあると定義したのです。

 タウンゼンドは、50余の項目の選定に細心の注意を払いましたが、それらの項目はタウンゼンドが独自に選定したもので、その選択は恣意的なものとなっていました。選ばれた項目が生活の必需品であるのかどうかの確証はないといえます。例えば、タウンゼンドが「1週間に1回はロースト肉を食べる」ことを項目の一つとして選んだとしても、その社会の人々はロースト肉を食べることにそれほど価値を置いていないかもしれません。反対に、ロースト肉は富裕層のみが食することができる贅沢品と考えているかも知れないのです。ロースト肉が食べられないことが、その社会おける生活水準が低い (=貧困である) ということの指標とならない場合もあるのです。

 そこで、Mack and Lansley (1985)は、その項目の選定を社会に問う手法を考案しました。彼らは、貧困の測定をする前に、必需品の候補となる項目のリストを提示し、それらが「すべての人が持つことができるべきもの」か否かを問う必需品調査 (事前調査) を行ったのです。一般市民の過半数が「絶対に必要である」とした場合にのみ、それを「社会的必需品(Socially Perceived Necessities)」として選定し、こうして選ばれた項目を本調査で用いる、というようにワンステップを加えた改善をしたのです。それが下図「剥奪アプローチの調査の流れ」の青い箱の部分となります。 

 社会的必需項目の概念の根底には、「何が必要であるか」についての社会的合意が達成されているという仮定が存在します。社会的必需品の妥当性を検討する際には、異なる属性間に激しい意見の相違がないかを検討することが望ましいのです。また、本調査で何らかの項目の欠如があった時、それが本人の選好によるものか、強制的な欠如であるかを区別することが必要になり、強制的な欠如 (enforced lock) のみを拾い上げる事が可能となりました。

  このように本調査が実施されることによって、各個人の剝奪指標 (剝奪スコア) や、社会全体またはある属性グループの平均剝奪スコア、剝奪率などが計算されるわけです。

 

  

タウンゼンドの手法を周到しながらも、それに改善を加えた、剥奪アプローチによる貧困測定の調査の流れ・フルステップは、以下の図に表されます。 

 

 

剥奪アプローチの調査の流れ
剥奪アプローチの調査の流れ

2) 剥奪指標の解釈と政策

 本調査によって得られた各個人や属性グループ、社会全体の剥奪指標 (剥奪スコア) や剥奪率などの解釈は留意を要します。剝奪率や各個人の剝奪スコアの絶対的値は、どのような項目が選択されたかによって異なる点を忘れてはなりません。どのように長い項目リストを作ったとしても、最低生活を規定するすべての項目を含むことは不可能ですから、どの項目が選ばれるかによって剝奪率も異なってきます。剝奪スコアや剝奪率は、その絶対的値にはあまり意味がなく、むしろ、トレンドを見極めることや、異なる属性グループ間の差や順位、剝奪スコアの分布を見ることがの方が、大きい意味を持つのです。

 どのようなサブセットの項目リストを用いたとしても、それらが「社会的必需品」として選定された項目で構成されていれば、ある属性グループの平均剝奪スコアが、異なる属性グループの平均剝奪スコアに比べて高い、低いといった分析によって、その属性グループの相対的な位置を表すことが可能になります。また、ある項目リストを設定し、その剥奪スコアを政策目標として設定し、その達成度をモニタリングするためのツールとして用いる、なども意義があると言えるでしょう。

 

 

←前へ (1.主な分類の基軸)                                                                 次へ (3.社会的排除の測定)→