3.欧州連合(EU)

 欧州での社会統計の整備は、1997年のアムステルダム条約に始まるとされています。その後、2000年のリスボン会議にてオープン政策協調手法 (OMC:Open-Method-of-Coordination)を通じて、統計・指標を整備する方針、2001年のラーケン会議にて具体的な指標の定義と方法が取り決められました。そして、2010年に採択された欧州2020戦略 (Europe2020) によって、貧困・社会的排除指標が欧州での中心戦略の中に据えられました。 (Takahashi 2013)

1)指標策定以前の取り組み (1990年代)

 欧州委員会は、1992年に「連帯した欧州に向けて」と題する報告(COM (92) 542)をまとめ、その中で、社会的排除は ①社会的に統合され、アイデンティティを確立する慣行や権利において個人や集団が排除されるメカニズムであること、②その範囲は仕事への参加以上のものであり、住居、教育、健康、サービスへのアクセスといった分野でも実感され、示されるものであること、とされました。

 1994年のエッセン欧州評議会では、社会的排除・貧困への闘いは優先事項として位置づけられました。さらに1997年に雇用に焦点を当てたルクセンブルク雇用サミ ットが開催され、また同年のアムステルダム条約の「高水準の雇用の継続と社会的排除の撲滅のための人的資源の開発」(136条)、「労働市場から排除された人びとを労働市場へ統合」(137条) という条項を通じて、社会的排除は雇用と関連付けて導入されました。 

 

 1990年代は、貧困率の統計手法について議論を行っていた時代でした。絶対的貧困率はバスケット方式により国毎に違うことから 相対的尺度の議論が始まるとともに、①世帯等価方式、②貧困ライン、のあり方について研究がなされました。貧困ラインについては、所得ベースか支出ベースかなども議論となり、また客観指標だけでなく主観指標のあり方も議論になりましたが、この時代には「時期尚早」とされました。

 この時期の貧困率の測定には世帯生活費調査(HBS: Household Budget Surveys)が使用されました。HBSはこの分野の欧州加盟各国横断の唯一の調査で、各国当局が欧州統計庁に同一の形式に従ってデータを送付するという方法で事後的な調和を図っていました。ただし、調査頻度、世帯や支出の範囲、サンプリング設計、回答率、調査対象期間などが相違し比較可能性には制約が多かったのです 。

 そこで欧州レベルでの比較可能性を高めるため、1991年から欧州共同体世帯パネル(ECHP: European community household panel)を開始しました。ドイツ、英国、ルクセンブルグで既に独自のパネル調査を実施していたため、調査の実施は紳士協定とし、スウェーデンを除く14カ国において2001年まで実施されました 。

 具体的には、毎年調査を行うこと、同じ手続きを踏むこと、共通の質問票に則って調査を行うこと、集計方法の共通化(ウェイト、帰属など)、推奨されたサンプル方法に沿うこと、などで統一化が図られました。また、個票や図表の提供により結果は  一般国民の手に入りやすくなりました。しかし、回収率の相違 (90%から38%)、サンプル方法の相違、スウェーデンの不参加、データ収集から公表まで2〜3年かかることなどの質的問題を抱え、国際的に所得基準について合意したことから 2002年にECHPは中止されました。

 

2)指標化の時代 (2000年以降)

 欧州での貧困・社会的排除指標には2001年に定められたラーケン指標、2010年に定められた欧州2020戦略の指標があります。その契機となったのは、2000年3月のリスボン会合でオープン政策協調手法 (OMC) の採択に合意したことでした。特に貧困、仕事の不足、非効率な社会保障制度といった問題に対して、リスボン会合決議で社会的排除への闘いは欧州政策の本流と規定されるようになりました。また2000年12月のニースでの欧州評議会で貧困・社会的排除に関する共通目標が公表され、社会的排除への闘いは加盟国間の協力で促進するべき活動分野の一つとしてニース条約の政策リストに加えられました(137条(1)(j))。

 

<1> オープン政策協調手法 (OMC:Open-Method-Coordination)

①概要

 欧州委員会は、2000年に採択されたリスボン戦略以降、加盟国が国家主権を有する政策分野において統合性を高める手段としてOMCを採用しています。OMCは雇用政策で採られたルクセンブルグ・プロセスが発展したものとされ、貧困・社会的包摂政策の促進も現在、OMCを通じて行われています。欧州連合(EU)か国家戦略の策定の枠組みを提供し、加盟国間の調整を行っています。OMCはそもそも自主的な政策協力のプロセスであり、具体的には政策共通目標と具体的指標に関して加盟各国と合意し、それに向けて進展状況を測定し、評価を行うという方法です。各国はその共通目標を自身の国家戦略に翻訳し直し、報告書を提出し、それを欧州委員会や欧州評議会が共同報告書という形で評価を行ないます。

 また、OMCは各国のベストプラクティスを学ぶ相互学習のプロセスでもあり、主要政策や制度の効果を評価するピアレビュー会合がそのベストプラクティスを広める手段となっています。OMCの促進には欧州委員会の総局長のリーダーシップがキーになっています。

 

②OMCに関与する関係機関

a)欧州委員会雇用・社会問題・包摂総局

 欧州委員会は、欧州域内の差異(ギャップ)こそが問題で、差異が広がっているのか、狭まっているのかに着目して役割を果たす必要があるとしています。失業率が域内平均で下がっていたとしても、例えば、5カ国で失業率が下がっていて、5カ国で失業率が上がっていれば、欧州全体としては意味が違ってきます。

 欧州委員会では、貧困・社会的包摂の問題は雇用・社会問題・包摂総局(DG EMPL)で扱っており、各国の状況の評価も行っています。例えば、税制改正、社会的サービス予算の削減が所得分配に与える影響や安定化効果をマイクロ・シュミレーションして、政策的な議論に生かしてもらっています。

 

b)欧州統計局

 統計局は欧州委員会の総局の一つで、政治的圧力からは無関係の独立性を有しています。統計局の役割は、必要とされる指標の具体的作成方法を詰めることで、そのためにあらゆる行政情報へのアクセスを認められています。また、統計の質を監督するという法的に認められた役割も担っており、遵守すべき行動規範が定められています。貧困・社会的排除指標はF局(社会統計)の生活の質担当(F4)が中心となっています。

 

c)欧州評議会

 社会保護委員会が、加盟国間、欧州委員会の社会保護政策上の協力を促進する助言機関として欧州評議会の下に欧州連合の機能に関する条約(Treaty on the Functioning of European Union)によって設置されています。委員会の目的は、160条 によって①加盟国および欧州連合全域の社会状況と社会保護政策の進展を監督すること、②欧州評議会または欧州委員会の要請に基づいて報告書の作成、見解の取りまとめなどを行うこととされ、貧困・社会的包摂政策も対象となっています。委員会は加盟各国から2名ずつ、欧州委員会から2名が選任されています。

 

d)貧困・社会的排除に対する欧州プラットフォーム

 プラットフォームはOMCプロセスと相互学習を支援するとともに、欧州域内のルールや資金提供も支援する役割を持ちます。参加者は世界銀行、国際労働機関、ユニセフなどの国際機関、欧州議会、欧州経済社会評議会などの欧州組織、欧州反貧困ネットワークなどのNGOなどです。2011年以降、会合は3回開催され、貧困・社会的排除対策の進展状況についての意見交換とともに具体的テーマでの議論が行われ、2011年には子どもの貧困、極貧(ホームレス等)について、2012年には積極的包摂に関する勧告に対する報告書案、社会的技術革新・実験について討論がされています。

 

<2> 使用データ

 欧州では個票データが使え、生活の質に関わる調査として、労働力調査 (LFS)、世帯・個人のICT利用に関する共同体調査 (ICT)、成人教育調査 (AES)、欧州健康面接調査 (EHIS)、家計調査 (HBS)、生活時間調査 (TUS)、公共安全調査 (SASU)、欧州健康・社会的統合調査(ESHSI)、そして欧州所得・生活状況調査(EU-SILC)の9種の調査があります。現在、貧困・社会的排除指標作成に中心的役割を果たしているのが EU-SILC です。 

● 欧州所得・生活状況調査(EU-SILC) : EU Statistics on Income and Living Conditions

この調査は、ECHPに代わるものとしてベルギー、デンマーク、ギリシャ、アイルランド、ルクセンブルグ、オースリアの6カ国によって検討が開始され、調査自体も2004年から加盟13カ国とノルウェー、アイスランドの15カ国で調査が始まりました。2005年からは加盟25カ国を含む27カ国調査に拡大し、さらに2007年からはブルガリア、ルーマニア、トルコ、スイスも参加をしています。

 

 調査の質: 加盟国間で一定のルールの下、事後的な調和を図っています。具体的に

  は、2003年6月に制定された枠組規制(REGULATION (EC) No 1177/2003)によっ

  て、所得、貧困、社会的排除、その他生活の質に関する調査であることを明記した上

  で、調査設計、カバーすべき調査内容、各国毎の最低サンプル基準、サンプル手法、

  データの欧州統計庁への移送方法、結果の公表期限などを規定しています。また、加盟

  国が一連の規制に違反して調和を乱す場合、罰金を科すことも可能となっています。

 調査の基本: 同一世帯を数年間に渡って追跡調査するパネル調査であり、パネルの形

  成は、世帯を数年かけて順番に入れ替えるローテーション制度を採用しています。多く

  の国では4年毎に全世帯が置き換わりますが、ルクセンブルグでは 9年制を取っていま

  す。サンプリング方法は大きく①世帯を直接、抽出する方法、②個人を抽出してその個

  人が属する世帯を対象とする方法の2種類があります。ウェイトバックの方法にも世帯と

  個人の2種があります。

 EU-SILCの世帯票、個人票: 調査票には、社会的排除に関する項目が盛り込まれてい

  ます。また、幸福感などの主観的感情も調査項目に含めることとなっており、2013年の

  特別調査を実施した後、毎年1問は追跡調査することになるといいます。欧州統計局で

  は、2013年の調査以降、生活の質が主観的感情にどのような影響があるか、要因を検討

  していく、としています。

 

  *概要説明

      ・SILCは statistics on income, social inclusion and living conditions の略語。  

      ・毎年加盟各国内に居住する個人に対して行われる調査。

  ・EC規則No1177(2003年6月16日)によって規定されている。(※)

  ・世帯票と個人票から構成される。

  ・世帯票は次の4分野から構成される。

   1.基本データ、2.住宅、3.物質的剥奪、4.所得

  ・個人票は次の5分野から構成される。

   1.基本データ、2.教育、3.健康、4.雇用、5.所得

 

  ・EU-SILCでは、毎年継続して行われる調査項目に加え、社会的包摂に関してまだ

   十分に調査がなされていない補助的指標に関して、年ごとに異なるモジュールの

   調査も行っている。

 年度 拡張モジュールの内容
 2013年

 ウェルビーイング

 2012年  住宅環境

 2011年

 不利な条件の世代間連鎖

 2010年

 世帯内の資源共有

 2009年

 物質的略奪

 2008年

 負債過剰と経済的排除

 2007年

 住宅環境

 2006年

 社会参加

 2005年

 貧困の世代間連鎖

 

http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/income_social_inclusion_living_conditions/data/ad_hoc_modules

 

    ※EC規則(regulation)は、指令 (Directive)、決定 (Decision)、勧告

     (Recommendation)と比してEC加盟国に対する法的拘束力が最も強い。 

 

 *EU-SILC 世帯表・個人票の社会的排除に関する調査項目*

 *EU加盟各国の貧困測定の状況*

  下記の PDF ファイルをご覧ください。 

 

ダウンロード
EU-SILC世帯票・個人票の社会的排除に関する調査項目
EU-SILC世帯票・個人票の社会的排除に関する調査項目.pdf
PDFファイル 288.7 KB
ダウンロード
EU加盟各国の貧困測定の状況
全国レベルで発表された最新の貧困に関する報告書において各国統計局が用いている指標(2010年4月時点)
EU加盟各国の貧困測定の状況.pdf
PDFファイル 775.2 KB

 

 

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