4.「貧困」を多面的に把握しようとする試み

 金銭的な貧困指標も、剥奪指標も、一つの「数値」にて、人々の生活水準を表そうというものです。しかし、人々の生活の質は、食事、住宅、健康、人間関係などたくさんの側面から成り立っています。剥奪指標は、これら複数の側面を含む項目を取り入れることにより(例えば、「一日3食たべれるか」、「1週間に1回は友人づきあいができるか」など)複合的指標とすることもできますが、それでも限界があります。

 EUなどにおいては、「所得による貧困」と「剥奪指標」を含む2つ以上の指標を、複合的に統合した指標が採択されています。東京都立大学子ども・若者貧困研究センターが推奨している「子どもの生活困難度」も、そのような複合指標のひとつです。

 

  •  EU「At-risk-of-Poverty-and-Social Exclusion」率 定義
  •  子どもの生活困難度 定義

 

 もう一つの、より簡単な手法は、たくさんのマクロ指標を並立させてみる方法です。これまでの議論においては、ミクロ・データ(個人や世帯を単位とするデータ)を念頭においてきましたが、多くの統計データは国や自治体といった大きな単位での「マクロ・データ」です。マクロ・データは、社会全体の「平均的な」状況を表すのに適しています。そのため、社会全体の生活の「質」を測ろうという「幸福度指標」の構築の試みの中で、この手法は発展してきました。社会の発展を「一人あたりGDP」と言った金銭的指標からより幅広い概念を含めたものに定義し直そうという試みです。具体的には、所得のみでなく、健康、教育、社会参加の度合い、 社会的孤立など、社会的排除の概念を含めたより幅広い「生活の質」を測ることを目的としています。

 

日本における多面的な貧困の側面のデータ

 マクロ指標を並立させる方法においては、既存の統計データを駆使してさまざまな指標を集めることができるはずです。しかしながら平均的な数値は、多くの分野で詳しい統計データがとられているものの、その分布の底辺層の人々の状況を表していないことが多いのが、「貧困指標」としては問題なところです。例えば、一人あたり国民医療費ではなく、医療サービスを受けることができなかった人の割合や、平均教育年数ではなく、低学歴 (中卒・高校中退) 率といったデータでないと貧困の状況はわかりません。平均なのか、底辺なのか、どのような指標を含めるかによって、まったく異なる「日本社会の像」が描かれる危険性があり、その選択プロセスは、透明で国民的意見を反映させるようなプロセスが必要です。 

 近年になって、以下のように、部分的ですが新しい「貧困の側面」を測る公的統計も出始めてきています。これらの統計データは、その調査方法や調査対象者を吟味する必要があり、また、それが日本社会の貧困を的確に表しているかを慎重に検討しなければなりませんが、これからの貧困指標を考える際に、どのようなデータの統計的妥当性が高く、どのようなデータは低いのかといった検討をするためにも貴重な材料となっています。

  

「貧困の側面」を測る公的統計

 ①物質的な生活困難

    国立社会保障・人口問題研究所「社会保障実態調査」(2007年)

    国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査(第2回社会保障実態調査)」(2012年)

  国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」(2017年、2022年)

    内閣官房社会的包摂室「「絆」と社会サービス調査」(2013年)

  内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

    厚生労働省社会・援護局「社会生活に関する調査」(2001年)  

②社会的孤立

   内閣官房社会的包摂室「「絆」と社会サービス調査」(2013年)

   内閣府「高齢者の生活実態に関する調査」(2008年)

   国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」第1回(2012年)

    

 「マクロ指標の並立」によるアプローチにおいては、主観的な指標を多く取り入れる傾向があります。主観的指標を、公的な貧困統計の一部として取り入れる動きは、ブータンの国民総幸福量指標などへの関心の高さなども影響して、加速化しています。

 主観的貧困 (幸福度も含め) 指標の一つの大きな課題が時系列の比較です。人々の選好や期待 (expectation) は時と共に変化するため、同じ生活水準であっても、それが期待されている時とそうでない時ではその主観的評価は異なります。そのため、主観的貧困指標を、時系列で政策目標やモニタリングする指標として用いるには留意が必要です。

 日本でも、以下のように 主観的指標は古くから統計がとられています (厚生労働省「国民生活基礎調査」における「生活意識」、内閣府「国民生活選好度調査」による「幸福感」等)。

    

公的機関による主観的指標:

  ・内閣府経済社会総合研究所「幸福度に関する研究会

  ・内閣府「国民生活選好度調査

  ・厚生労働省「国民生活基礎調査

  国立社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」第1回(2012年)

  ・国立社会保障・人口問題研究所「生活と支えあいに関する調査」第2回(2017年)

  ・国立社会保障・人口問題研究所「生活と支えあいに関する調査」第3回(2022年)