2.指標開発 各国の動き

 指標開発の動きは、さまざまな形で各国政府や国際機関における貧困指標の測定に取り入れられています。最大の動向は、欧州連合(EU)で、すべての加盟国において貧困と社会的排除の測定を義務づけ、EU全体として2020年までに貧困と社会的排除にある人の数を200万人削減することを政策目標としています。

 EUの加盟国19ヶ国において、これと連動した政策目標を掲げており、「(所得でみる)相対的貧困または社会的排除の状況の者」の削減目標を定めています(下記表2.2PDF参照)。これら以外の加盟国も、それぞれに貧困削減の数値目標を定めています。 

 非金銭的指標を公的統計として取り入れている国はさらに多く、イギリス、フランス、ドイツ、アイルランド、オランダ、フィンランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカ(検討中)、韓国、タイ、ブータンの統計担当局が、金銭的データのみならず、人間関係、社会への参加の度合い、生活の質などの非金銭的な生活水準を測るデータを取り始めています(Stiglits 2009, 内閣府2010)。

 国により、既存の社会統計を列記したもの、統計を集約し1つの複合指標としているもの、略奪アプローチ、社会的排除調査のミクロ・データを用いて貧困指標を計測しているもの、とレベルは様々です。共通しているのは、政府としてこれらの非金銭的な 生活の「質」を測る統計データをとる必要があるという認識であり、この傾向はこれからも国際的に強まっていくと考えられています。 

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各国における貧困削減目標: EU諸国とEU以外の国々
表2.2 各国における貧困指標の状況.pdf
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1) フランス

 フランスは、いわゆる経済危機(リーマンショック)以前はEU諸国の中でもさまざまな貧困指標が低下した数少ない国の一つでした。しかし経済危機が始まって以降は、他の諸国と同様に、貧困者は増加しつつあります。その中で経済的貧困は、特に若年失業率の上昇が密接に関連しています。もちろん、不景気などと言った経済的な困難だけが、貧困の要因ではありません。教育や健康水準が、大きく貧困の度合いを左右しているのです。

  過去30年間、フランスでは、分権化の動きが続いて、さまざまな判断をより地域に近いところで決定するようになってきています。この動きは社会福祉政策において特に顕著で、子どもの福祉、障がい者や高齢者への援助、家族や子どもの健康維持など、いずれも郡 (department) レベルが管理するようになってきています。(Nishimura 2013)

 

2) イギリス

  イギリス政府は、公的な貧困基準(低所得基準)を設定しており、その定義は住宅費前・後の等価可処分世帯所得の中央値の60%未満です。これは「相対的低所得指標 (Relative low-income indicator)」とも呼ばれ、労働年金省 (Department of Work and Pensions)によって毎年「平均所得未満の世帯 (Households Below Average Incom : HBAI)」という貧困世帯の状況に特化した報告書が刊行されています。

   イギリスは欧州連合(EU)の加盟国当時は、EUの定める貧困・社会的排除指標(格差指標も含む)を含む社会統計の測定が義務づけられています。EUの削減目標である「貧困または社会的排除(EU定義)」にある人数は、統計局 (Office of National Statistics)」がEU-SILCを用いて計算・公表していました。

  また、2010年に策定された「子ども貧困法 (Child Poverty Act 2010)」は2020年までに子どもの貧困を撲滅することを政府に義務づけており、現在は、相対的貧困率、固定貧困線による貧困率、相対的貧困と剥奪指標を合わせた合体指標、の3つの削減目標値が定められています。

   イギリスは、剥奪アプローチによる貧困の測定の発祥の地でもあり、EU-SILC以外にも、さまざまな公的統計にて剥奪指標に用いることができる変数が収集されています。主な統計は、労働年金省が毎年行っている「家庭資源調査 (Family Resource Survey)」で、上記の子どもの剥奪指標を始め、さまざまな属性の剥奪指標が公表されています。

   新しい貧困統計の動きである「一時点から多時点へ」、「個人(または世帯)ベースの指標から空間(地区・地域)ベースの指標へ」の二つを公的統計で実現している国でもあります。「多時点」の貧困指標としては、パネル調査を用いた貧困の動態に関する統計を労働年金局が公表し、「空間(地区・地域)ベースの指標としては、小規模地域を単位とする剥奪指標を、コミュニティと地方政府省が開発し、その値を公表しています。この指標は地域レベルの予算配分などにも参照されています。

 

3)アイルランド

 アイルランドは、独自の貧困指標を開発し、それを公的な削減目標としてます。2002年に改定反貧困戦略 (National Anti-Poverty strategy) を制定し、貧困削減の目標を設定しています。

 貧困の指標として使われているのは、EUの基準と同じく所得データに基づく相対的貧困 (中央値の60%未満)と、11項目の剥奪 (deprivation) の両者に該当する人の率です。アイルランドでは、この指標をConsistent貧困 (Consistent poverty) と呼んでいます。 

 貧困の削減目標は、社会保護局 (Social Protection Department) 属する社会的包摂室 (Office for Social Inclusion) が、専門委員会 (Technical advisory Group) のアドバイスの下に設定しています。専門委員会は、貧困モニタリングに関するデータ戦略を策定しています。 

 現在の貧困削減目標は、2010年6.3%であったconsistent貧困率を2012年までに4%、2020年までに2%まで削減することです。また、子どものconsistent貧困率を大人の貧困率に近いものにすること、就労者がいない世帯の全世帯に占める割合を削減すること (共に数値については今後決定予定) となっています。

 EUの社会的戦略「Europe2020」の貧困削減目標にコミットメントとして、EU定義による複合貧困 (consistent貧困、貧困リスク、剥奪のいずれかに該当する) の状況にある人数の削減目標2000万人のうち、20万人削減することを公言しています。

  また、これらの公的目標のほかに、サポート指標、マクロ経済や社会背景を表す指標なども設定されています。

 

4)ニュージーランド

  ニュージーランドは、アイルランド、イギリス、欧州連合などと共に、非金銭的な貧困・格差指標の開発に力を入れている国の一つです。特に、社会開発省が1999年から携わっている生活水準研究 (Living Standard Research) は、剥奪指標 (Deprivation Scale) を、生活水準の低い層の測定だけではなく、生活水準の高い層の測定までも含めた包括的な指標として発達させ、その点で他国の動向よりも一歩先をいった指標が開発されています。これらの指標を測定するための元データは、統計局や社会開発省など公的機関の基幹統計に組み込まれています。

  ニュージーランドでは、公式な「貧困」の定義は設定していません(Perry 2012:87)。けれど、2002年に発表された『子どものための課題(Agenda for Chidren)』の中で、政府は子どもの貧困を撲滅することを宣言し、また、閣議決定される重要公的統計リスト (「Tier 1 統計」と呼ばれている) には、所得分布および生活困難の分野が含まれ、貧困をモニタリングすることに関して 政府としてコミットしています。

 ニュージーランドの貧困の概念は、「資源(resource)」と「結果(output) 」 の両方に着目するものです。「資源」とは、生活水準を保つために投入されるインプットを指し、それを測る代表的な指標は所得です。「結果」は、実際に享受されている生活水準を指し、その測定には「剥奪アプローチ」などのより直接的に生活水準を測る指標が望ましいとされています。そのため、所得ベースの指標と剥奪アプローチを発展させた非金銭的な生活水準の指標を同時に把握することが提案されています (perry 2012: 90)。