2.金銭的な貧困指標

1) 貧困基準(貧困線)の問題

 日本では、「貧困」を生活保護基準の最低生活費未満の生活と考えることが一般的で、世帯所得が生活保護基準の最低生活費未満の世帯に属する人の割合を「貧困率」として算出する研究も多く存在します(駒村2005、橘木・浦川2006等)。そのため、生活保護制度の最低生活費の算定の背景にある理論を理解しておくことが重要です。

 

 生活保護の歴史では、最低生活費の算定方式は、マーケットバスケット方式 → エンゲル方式 → 格差縮小方式 → 水準均衡方式 と変遷しています。

エンゲル方式までは絶対的貧困の考え方に基づき、格差縮小方式(一般世帯と生活保護世帯との間の生活水準の格差を縮小するという観点から改定率を定める方式)からは、相対的貧困の考え方に基づくものと理解されています。

 

 ★マーケットバスケット方式:

 生活に必要な品々(必需品)やサービスなどを選択し、それぞれに標準量を定め、価格を乗じ、積み上げる(合算)することに

 より、最低生活費を算出する方式。

   この方式の問題点は、必需品の選択が研究者や行政官など専門家によるため、恣意的にならざるを得ないことです。

  そこで編み出されたのが、イギリスで開発された Minimum Income Standard (MIS) 法です。

 

  ★MIS法(Minimum Income Standard )

 MIS法とは、一般市民に対するグループ・インタビューと市民間でのディスカッションを繰り返し行い、「最低生活」の定義、

 その生活に含まれるべき具体的な内容、それぞれの価格等について決定していく手法です。

 最低生活の中身は、一般市民(参加者)が決めます。一般市民同士で複数回話し合ってもらい、一般市民が「必需品」と考える

 ものだけが含まれるため、算出される最低生活費に一定の妥当性を意味づけることができます。

 

 日本におけるMIS法の最低生活費の算定は、厚生科学研究費補助金事業にてなされており、活用例を「貧困・格差の実態と貧困

 対策の効果に関する研究」(平成22,23,24年度報告書:阿部彩)に見ることができます。

 

 ★相対的所得方式

  相対的所得方式とよばれる、一般市民の所得ないし消費の一定割合を貧困基準とする方法。

  この方式は、「必需品」を積み上げて最低生活の中身を特定する作業が発生せず、所得や消費データという既存に整備されて

  いる統計データのみから貧困基準を算出することができます。国際比較も容易で、データの信頼性も高いものです。OECDが

  用いている基準は、一般世帯の中央値の50%を、EUは、中央値の60%を基準とする方法を用いています。

  日本の生活保護制度の最低生活費も、現行の水準均衡方式ににおいて、一般世帯の消費支出の一定割合になるよう設定されて

  おり、この方法のひとつと考えることができます。

 

しかしながら、金銭的な貧困基準を設定するにあたりどちらの手法をとるかについて明確なコンセンサスがあるとは言えません。