国際連合(UN)、経済開発機構(OECD)、欧州連合(EU)における新しい貧困指標の開発

1)国際連合(UN)

 国際連合はかねてから、世界における貧困撲滅をその目的として掲げており、人間開発指標(UN Human Development Index : HDI)を代表とする、さまざまな指標を開発してきました。最も早くから開発された人間開発指標は、国際連合開発計画(United Nations Development Program: UNDP)によって開発された指標で、1人あたりGDP、 平均寿命、就学率などの国レベルのマクロ指標を組み合わせて作成されています。1990年に最初に刊行された人間開発報告書(Human Development Report)にて紹介されて以来、毎年、同報告書によって公表されています。

  その他の指標の指標として、ジェンダー開発指数 (Gender-related Development Index: GDI)、ジェンダー・エンパワーメント指数 (Gender Empowerment Measure: GEM)、人間貧困指数 (Human Poverty Index:HPI)  HPI-1 (途上国向け)、HPI-2 (先進国向け)(両者は、剥奪 (deprivation) アプローチで作成されている (UNDP東京事務所2003)。)など。 

 これらの指標は、発展途上国を念頭において開発されたため、先進諸国における相対的貧困の測定には不向きでした。そこで、先進諸国をも含めたより広い国々の発展度合いの国際比較をするため、国連統計局は、国際的に比較可能なデータの作成を目的とした有識者会合をたびたび開催しています。

  

2)経済開発機構(OECD)

 先進諸国の貧困・格差の国際比較においては、国際連合よりも経済協力開発機構(OECD)の貢献が大きいといわれています。OECDは、加盟国におけるウェル・ビーイングの比較研究を古くから手がけており、これらは研究プロジェクトとして OECDの報告書やワーキング・ペーパーにて公表されてきました(OECD 2001, 2008, Boarini et al. 2006等)。

 中でも、OECDの所得格差研究は、各国の研究者らが、それぞれの国のミクロ・データを駆使して完成させた金字塔的な共同研究事業であり、その成果である所得格差や貧困の国際比較は、日本でも多く引用されています。

 また、OECDは、貧困・格差を始めとする社会政策に関する多くの指標を集めた「Society at a Glance」シリーズを始め、年金(「Pension at a Glance」シリーズ )、教育(「Education at a Glance」シリーズ )など、個別の分野における指標の国際比較の報告書を数多く出版しています。 

 

 <1>OECDの所得分配研究

   OECD2008年報告書『格差は拡大しているか : OECD加盟国における所得分布と貧困』(OECD編著、 小島克久・金子能宏訳、明石書店、2010年) は、先進諸国における格差と貧困の国際比較を多角的に比較した金字塔な研究です。

 日本の数値は、1990年代半ばの分析には経済企画庁が総務省統計局「全国消費実態調査」のデータを用いて推計し、その後は国立社会保障・人口問題研究所の研究者が厚生労働省「国民生活基礎調査」のデータを用いた推計を行っています(小島、近刊)。

 OECD所得プロジェクトは、OECDが独自に調査を実施し、データを作成しているのではなく、各国の専門家がそれぞれの国のデータを同じ分析手法で分析したものを集積したもので、日本のデータは筆者らが2003年に行った「社会生活調査」 (2003年、訪問調査、対象2000人、回答者数1520人)を集積しています。

 

 <2>OECDによる「物質的剥奪(Material Deprivation)」研究

   OECD 2008年報告書『格差は拡大しているか : OECD加盟国における所得分布と貧困』第7章「所得では捉えられない貧困の側面:物質的剥奪の指標から何が学べるか?」では、OECD24ヶ国の物質的剥奪の比較が行われています。

 ヨーロッパ諸国 (22ヶ国) のデータは、共通の社会調査 EU-SILC を用いています。EU以外の国々、オーストラリアは、Household Income and Labour Dynamics in Australia (HILDA)調査、アメリカは、Survey of Income and Program Participation (SIPP)調査のデータを用いています。

 日本のデータは、筆者らが2003年に行った「社会生活調査」(2003年、訪問調査、対象2000人、回答者数1520人)を用いています。 

                                           

 <3>OECDの「より良い暮らし指標」(OECD Better Life Index)

 OECDは、かねてから 「At a Glance」シリーズにあるような、各分野における既存のマクロ統計資料(例えば、一人あたりGDPや、平均寿命、識字率、乳児死亡率など)を横並びにして比較する報告書を数多く出版しています。貧困・格差に特に関するものとしては、「Society at a Glance 」シリーズが、幅広な社会の状況を表す指標をカバーしています。

 このようなマクロ指標を並列して社会の状況を概観する最新の試みが、2011年に始まった「Better Life Initiative(より良い暮らしイニシアティブ)」です。「より良い暮らしイニシアティブ」は、2009年のスティグリッツ報告書の提言や2009年の欧州委員会「GDPとその後(GDP and Beyond)」(EU 2009)を受け、さらに検討を加えたものとなっています(OECD 2011)。

 「より良い暮らしイニシアティブ」は、報告書のほか 独自のホームページ(http://www.oecdbetterlifeindex.org)によって、幅広い啓蒙活動を行っています。   

ダウンロード
OECD "Better Life Index" 「より良い暮らし指標」に含まれる統計データ (11分野)
OECD Better Life Index より良い暮らし指標.pdf
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3)欧州連合(EU)

 欧州での社会統計の整備は、1997年のアムステルダム条約に始まるとされています。その後、2000年のリスボン会議にてオープン政策協調手法 (OMC:Open-Method-of-Coordination)を通じて、統計・指標を整備する方針、2001年のラーケン会議にて具体的な指標の定義と方法が取り決められました。そして、2010年に採択された欧州2020戦略 (Europe2020) によって、貧困・社会的排除指標が欧州での中心戦略の中に据えられました (Takahashi 2013)。

 

<1>オープン政策協調手法 (OMC:Open-Method-Coordination)

 欧州委員会は、2000年に採択されたリスボン戦略以降、加盟国が国家主権を有する政策分野において統合性を高める手段としてOMCを採用しています。OMCは雇用政策で採られたルクセンブルグ・プロセスが発展したものとされ、貧困・社会的包摂政策の促進も現在、OMCを通じて行われています。欧州連合(EU)か国家戦略の策定の枠組みを提供し、加盟国間の調整を行っています。OMCはそもそも自主的な政策協力のプロセスであり、具体的には政策共通目標と具体的指標に関して加盟各国と合意し、それに向けて進展状況を測定し、評価を行うという方法です。各国はその共通目標を自身の国家戦略に翻訳し直し、報告書を提出し、それを欧州委員会や欧州評議会が共同報告書という形で評価を行ないます。

 また、OMCは各国のベストプラクティスを学ぶ相互学習のプロセスでもあり、主要政策や制度の効果を評価するピアレビュー会合がそのベストプラクティスを広める手段となっています。OMCの促進には欧州委員会の総局長のリーダーシップがキーになっています。 

 

<2>欧州所得・生活状況調査(EU-SILC) : EU Statistics on Income and Living Conditions

 この調査は、ECHPに代わるものとしてベルギー、デンマーク、ギリシャ、アイルランド、ルクセンブルグ、オースリアの6カ国によって検討が開始され、調査自体も2004年から加盟13カ国とノルウェー、アイスランドの15カ国で調査が始まりました。2005年からは加盟25カ国を含む27カ国調査に拡大し、さらに2007年からはブルガリア、ルーマニア、トルコ、スイスも参加をしています。

 

 調査の質: 加盟国間で一定のルールの下、事後的な調和を図っています。具体的には、2003年6月に制定された枠組規制(REGULATION (EC) No 1177/2003)によって、所得、貧困、社会的排除、その他生活の質に関する調査であることを明記した上で、調査設計、カバーすべき調査内容、各国毎の最低サンプル基準、サンプル手法、データの欧州統計庁への移送方法、結果の公表期限などを規定しています。また、加盟国が一連の規制に違反して調和を乱す場合、罰金を科すことも可能となっています。

 調査の基本: 同一世帯を数年間に渡って追跡調査するパネル調査であり、パネルの形成は、世帯を数年かけて順番に入れ替えるローテーション制度を採用しています。多くの国では4年毎に全世帯が置き換わりますが、ルクセンブルグでは 9年制を取っていま。サンプリング方法は大きく①世帯を直接、抽出する方法、②個人を抽出してその個人が属する世帯を対象とする方法の2種類があります。ウェイトバックの方法にも世帯と個人の2種があります。

 EU-SILCの世帯票、個人票: 調査票には、社会的排除に関する項目が盛り込まれています。また、幸福感などの主観的感情も調査項目に含めることとなっており、2013年の特別調査を実施した後、毎年1問は追跡調査することになるといいます。欧州統計局では、2013年の調査以降、生活の質が主観的感情にどのような影響があるか、要因を検討していく、としています。 

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EU加盟各国の貧困測定の状況
全国レベルで発表された最新の貧困に関する報告書において各国統計局が用いている指標(2010年4月時点)
EU加盟各国の貧困測定の状況.pdf
PDFファイル 775.2 KB
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EU-SILC世帯票・個人票の社会的排除に関する調査項目
EU-SILC世帯票・個人票の社会的排除に関する調査項目.pdf
PDFファイル 288.7 KB

 

<3>ラーケン指標

 社会保護委員会傘下の指標分科会が検討を続け、2001年12月のラーケン首脳会合で承認を受けたのが通称「ラーケン指標」と呼ばれている指標群です。

 当初は、社会的排除の状況をもたらす最も重要な要素を示す高次の領域を表す主要指標10指標と他の問題を表すような二次指標8指標、合計18指標が選ばれました 。またこの時点では計算に当たって欧州共同体世帯パネル (ECHP) を使用していました。その後、指標分科会が子どもの問題に焦点を当てるなど検討を続け、2003年に3指標の定義の変更と2新指標の追加の改定版を公表しています。

 さらに2009年9月に社会的保護・社会的包摂戦略のための指標として体系化し、従来の指標を①包括指標、②包摂関連指標、③年金関連指標の3つに分類しなおしています。包摂指標としては  主要指標11指標、二次指標11指標 (下記PDF参照)  が定められました。

  ただし、住居や子どもに関する指標の重要性は認識しつつも検討・開発中となっていました。

 

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包摂関連指標一覧 (2009年) 1.主要指標11指標、2.二次指標11指標
包摂関連指標一覧 (2009年) 1.主要指標、2.二次指標.pdf
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 <4>欧州2020戦略 (Europe2020)

 2010年6月の欧州評議会で採択された欧州2020戦略は、欧州の成長戦略に当たるもので、雇用、生産性、社会的統合を高め、スマートで持続的で、包摂的な経済を確立することを目指しています。戦略の主要目標は、雇用、研究開発、気候変動・エネルギー、教育、貧困・社会的排除という5つの形で示され、これらの目標は、欧州統計局が取りまとめ、発表する主要指標に基づいて監視されています。 

 欧州2020戦略では加盟各国が定めた国毎のターゲット指標があります(下記表)。ただし、大半の国は欧州レベルでも目標を各国にブレークダウンし、目標人数を定めたものになっています。 

 欧州2020戦略の制定以降、欧州2020戦略の指標がラーケン指標から置き換わったという訳ではないとされています。