最も一般的な貧困の測定方法は、「所得」を用いる方法です。「所得」は、生活水準そのものではないですが、生活水準を保つ資源として、現代社会において最も一般的なものです。また、「所得」は人々の生活の質と高い相関関係にあることも知られています。国際比較可能な定義やデータも存在している点も、「所得」を用いる一つの利点です。「所得」のほか、「消費」のデータが使われることもあります。
貧困率は、この所得を、ある一定の基準(=貧困線または貧困基準)と比べ、基準を下回る人を「貧困状態にある」と定義し、その人々の人口に占める割合を示します。ある一定の属性、例えば、18歳未満の子どもであれば、貧困状態にある世帯に属する18歳未満の人数が18歳未満の人口全体に占める割合が「子どもの貧困率」です。
★相対的所得方式
相対的所得方式とよばれる、一般市民の実際の所得額または消費額の一定割合を貧困基準とする方法です。この方式は、以下の(2)や(3)と異なり、「必需品」を積み上げて最低生活の中身を特定する作業が発生せず、所得や消費データという既存に整備されている統計データのみから貧困基準を算出することができます。国際比較も容易で、データの信頼性も高いものです。OECDが用いている基準は、一般世帯の中央値の50%を、EUは中央値の60%を基準とする方法を用いています。
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貧困線(貧困基準)は、ほかにもあります。例えば、日本では、「貧困線」を生活保護基準の最低生活費と考えることもあり、世帯所得が生活保護基準の最低生活費未満の世帯に属する人の割合を「貧困率」として算出する研究も多く存在します(駒村2005、橘木・浦川2006等)。そのため、生活保護制度の最低生活費の算定の背景にある理論を理解しておくことが重要です。
生活保護制度の歴史では、最低生活費の算定方式は、マーケットバスケット方式 → エンゲル方式 → 格差縮小方式 → 水準均衡方式 と変遷しています。エンゲル方式までは絶対的貧困の考え方に基づき、格差縮小方式(一般世帯と生活保護世帯との間の生活水準の格差を縮小するという観点から改定率を定める方式)からは、相対的貧困の考え方に基づくものと理解されています。
① 標準生計費方式(昭和21年~22年)
当時の経済安定本部が定めた世帯人員別の標準生計費を基に算出し、生活扶助基準とする方式。
② マーケットバスケット方式(昭和23年~35年)
最低生活を営むために必要な飲食物費や衣類、家具什器、入浴料といった個々の品目を一つ一つ積み上げて最低生活費を算出する方式。
③ エンゲル方式(昭和36年~39年)
栄養審議会の答申に基づく栄養所要量を満たし得る食品を理論的に積み上げて計算し、別に低所得世帯の実態調査から、この飲食物費を支出している世帯のエンゲル係数の理論値を求め、これから逆算して総生活費を算出する方式。
④ 格差縮小方式(昭和40年~58年)
一般国民の消費水準の伸び率以上に生活扶助基準を引き上げ、結果的に一般国民と被保護世帯との消費水準の格差を縮小させようとする方式。
⑤ 水準均衡方式(昭和59年~現在)
当時の生活扶助基準が、一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当であるとの評価を踏まえ、当該年度に想定される一般国民の消費動向を踏まえると同時に、前年度までの一般国民の消費実態との調整を図るという方式。
(出所:厚生労働省)
現行の水準均衡方式は、一般世帯の消費支出の一定割合になるよう設定されており、上記の相対的所得方式のひとつと考えることができます。
マーケットバスケット方式は、ひとつひとつの物品を積み上げるため、人々の理解を得やすいという利点があります。一方で、この方式の問題点は、必需品の選択が研究者や行政官など専門家によるため、恣意的にならざるを得ないことです。 そこで編み出されたのが、イギリスで開発された Minimum Income Standard (MIS) 法です。
★MIS法(Minimum Income Standard )
MIS法とは、一般市民に対するグループ・インタビューと市民間でのディスカッションを繰り返し行い、「最低生活」の定義、その生活に含まれるべき具体的な内容、それぞれの価格等について決定していく手法です。最低生活の中身は、一般市民(参加者)が決めます。一般市民同士で複数回話し合ってもらい、一般市民が「必需品」と考えるものだけが含まれるため、算出される最低生活費に一定の妥当性を意味づけることができます。
日本におけるMIS法の最低生活費の算定は、厚生科学研究費補助金事業にてなされており、活用例を「貧困・格差の実態と貧困対策の効果に関する研究」(平成22,23,24年度報告書:阿部彩)に見ることができます。