「剥奪(deprivation)指標」とは、イギリスの社会科学者ピーター・タウンゼンドによって開発された個人(世帯)単位の社会調査をもとに人々の生活水準を測る計測方法です(Townsend 1979)。所得データが、その所得によって得ることができるであろう生活水準を表すのに対し、生活水準そのものを直接的に測定しようとするのが剥奪指標のアプローチです。
例えば、「1日3食、食べることができるか」「冷蔵庫を持っているか」「病気になった時に医療サービスを受けることができるか」など、実際の生活に必要なものやサービスをリストアップし、それらの欠損を調べることによって貧困の推計を行うことで、より貧困の実態に近い測定ができると考えられています。
EUにおける共通な調査票によるEU-SILC調査の実施や、ニュージーランドやアイルランドなどの国において政府による公的調査に剥奪が調査されるようになったことにより、剥奪指標による貧困の測定は、国際的にも(所得による貧困指標と並ぶ)貧困指標の柱となってきています。
剥奪指標は、「剥奪(Deprivation)」、「相対的剥奪(Relative deprivation)」、「物質的剥奪(Material deprivation)」(項目の中に、物質的なもののみを含む剥奪指標)など、いくつかのバリエーションがあります。
EU(欧州連合)は、剥奪指標の開発に最も力を入れてきました。その開発の歴史については、国際機関における貧困指標の開発にて、説明していますので、そちらをご参照ください。
ここでは、現在、EUが「貧困と社会的排除指標(Poverty and Social Exclusion)」として採用している剥奪指標をご紹介します。EUにおいては、以下の項目が「金銭的な理由で(持つことが)できない」かどうかを調査し、9項目のうち、4項目が欠けている場合を「物質的剥奪(material deprivation)」状態にあるとしています。
1. to pay their rent, mortgage or utility bills; 家賃や住宅ローン、電気・ガスなどの料金の支払いができる
2. to keep their home adequately warm; 住宅を十分な温かさに保つ
3. to face unexpected expenses; 急な出費に対応できる
4. to eat meat or proteins regularly; 肉や他のたんぱく質を定期的に摂取する
5. to go on holiday; 休暇の旅行に出かける
6. a television set; テレビ
7. a washing machine; 洗濯機
8. a car; 自家用車
9. a telephone. 電話
出典:Eurostat Statistics Explained "Material Deprivation"
日本においては、学術研究者がまず、剥奪アプローチを用いた調査・研究を行っています(阿部2006、阿部2014等)。これらの結果については、学術論文として公開されています。
国の公的な統計としては、剥奪指標を作成した例はないものの、いくつかの調査が、剥奪指標を構築することができる調査項目を含んでいます。例としては、厚生労働省社会・援護局による「社会生活に関する調査」(2001)、国立社会保障・人口問題研究所による2007年「社会保障実態調査」、2012年、2017年、2022年「生活と支え合いに関する調査」、内閣官房社会的包摂室による「絆と社会サービス調査」(2013年)等があります。国による報告書には、これらの調査項目を用いて剥奪指標を推計することをやっていませんが、研究者らによる推計はあります。
また、子どもの貧困対策のために各自治体が行っている子どもの生活実態調査(調査名は自治体によって異なる)においても、子どもの剥奪指標を測ることができる項目が多く含まれていることがあります。これらの項目を使って、複合的(所得+剥奪)な貧困指標を使って、分析を進めている自治体もあります。代表例としては、東京都「子供の生活実態調査」(2016年)が挙げられます。本調査では、「子どもの体験と所有物」と「家計の逼迫」の二つの軸にて剥奪指標を用いています。
「子供の体験や所有物」以下のうち3つ以上が経済的な理由で欠如している:
1 海水浴に行く
2 博物館・科学館・美術館などに行く
3 キャンプやバーベキューに行く
4 スポーツ観戦や劇場に行く
5 遊園地やテーマパークに行く
6 毎月小遣いを渡す
7 毎年新しい洋服・靴を買う
8 習い事(音楽、スポーツ、習字等)に通わせる
9 学習塾に通わせる(又は家庭教師に来てもらう)
10 お誕生日のお祝いをする
11 1年に1回くらい家族旅行に行く
12 クリスマスのプレゼントや正月のお年玉をあげる
13 子供の年齢に合った本
14 子供用のスポーツ用品・おもちゃ
15 子供が自宅で宿題(勉強)をすることができる場所
「家計の逼迫」
以下の7項目のうち、経済的な理由で支払いができなかった項目が1つ以上ある(過去1年間):
電話
電気
ガス
水道
家賃
家族が必要な食料が買えなかった
家族が必要な衣服が買えなかった
これらについては、自治体による子どもの貧困率測定 に詳しく書いてありますので、そちらをご参照ください。